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東京高等裁判所 昭和31年(ナ)9号 判決 1957年12月25日

原告 青柳長次郎

被告 中央選挙管理会委員長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「昭和三十一年七月八日施行せられた参議院全国区議員選挙は、当選人下位十名、次点上位から十名の選挙は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、その請求の原因として、左記のように述べた。

原告は昭和三十一年七月八日施行された参議院全国選出議員選挙にあたり、その立候補届出の最終日である同年六月二十三日にその届出を了し、投票前日まで選挙運動をなしたが、得票数は六千四百四十六票で落選した。原告は選挙資金入手の都合上、右のように立候補届出の最終日に立候補を届出をなしたので、選挙公報に掲載申請期間である昭和三十一年六月二十日を経過していた関係上、原告の立候補については選挙公報には全く掲載されなかつた。参議院の全国選出議員の選挙は、全国にわたる広い地域と五千万人以上の選挙人に対するものであるから、一般の地区選挙とは全くその性格を異にし、選挙公報に立候補を掲載されないときは、公的掲示その他一切の公営、私営並びに第三者の運動を全く抹殺し無意義に帰せしめるもので、このことは、昭和二十二年及び昭和二十五年の前二回の選挙に立候補した原告において、今回の選挙と比較して痛感したものである。原告は、現代の政治が国内的にも赤色革命の道程にあり、政治的に一大改革を要するものと信じ、保守革新のどの政党にも属せず、且つ選挙資金の入手についても、既成政党、政派又は既成の経済界の有力筋からの援助を受けぬことを絶対条件として、全く孤立無縁で立候補を敢てしてきたのである。このような立場に立つて立候補した原告にとつては、立候補の届出でをしなた以上、当然選挙公報に掲載されるものと信じ、選挙公報の掲載文の申請期日経過後に立候補の届出が受理されることは全く知らなかつたのである。

上記のように、参議院の全国区選出議員の選挙では、立候補者の氏名とその抱負経綸とが選挙公報に掲載されて全国の有権者に配布されない以上、立候補をなして、選挙運動をなすも全く無意味であるのに、現行の公職選挙法が、立候補の届出期間の以前に選挙公報掲載申請の期限を設けていることは立候補者と選挙人との自由な権利行使を不可能になしているものである。殊に印刷と郵送の設備と能力が完備してきた現在においては、選挙前に十日の期間をおけば、選挙公報の印刷と頒布とには充分であるのである。現に昭和三十一年の選挙でも、選挙公報に登載されなかつたのは僅かに三名に止まつたのであるから、三名の分を選挙公報に掲載するのは易々たることであつたのである。よつて、立候補の届出期間と選挙公報申請の期間とを同一にしていない現在の公職選挙法の規定は、民主主義国家の憲法の規定に違反しているばかりではなく公職選挙法第一条に定める民主政治の健全な発達の立場からしても誤つている規定であり、形式的にこの規定に従い、原告の立候補を選挙公報に掲載しなかつた被告の処置は違法であるといわなければならない。従つて、昭和三十一年七月八日に施行された参議院全国区議員選挙は当選人下位十名次点十名に関する範囲では、選挙は無効であるから、これが確認を求めるため、本訴請求に及んだのである。

(立証省略)

被告訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、原告主張の事実に対し、左記のように述べた。昭和三十一年七月八日施行された参議院全国選出議員の選挙において、原告について昭和三十一年六月二十三日に立候補の推薦届出がなされたことは認める。立候補者の氏名・経歴・政見等を選挙公報に掲載する申請する期限は、立候補の届出の期限(公職選挙法第八六条)の以前の日を別に定められ(公職選挙法第一六八条)、右選挙においては、昭和三十一年六月二十日までであつた。このように、選挙公報掲載申請の期限と立候補の届出期限とはそれぞれの理由によつて別個に定められているのであり、それが別個であるからといつて、なにも原告の主張するような違法なものではない。原告主張の当選人下位十名、次点者上位から十名の選挙を無効とする趣旨は明瞭ではないが、いずれにしても公職選挙法第二〇四条によつては主張できないものである。なお、その余の原告主張の事実は不知である。

(立証省略)

理由

原告が昭和三十一年七月八日施行された参議院全国選出議員の選挙に立候補し、その届出がなされたのは同年六月二十三日であり、そのさいの、選挙公報に候補者の氏名、経歴、政見等の掲載を受けるための申請期限は昭和三十一年六月二十日であつたから、原告の立候補は選挙公報に掲載されなかつたことはいずれも当事者間に争がない。原告が右選挙に当選しなかつたことは被告の明に争わないところである。

原告は参議院の全国選出議員の選挙では、その立候補者の氏名、経歴、政見等が選挙公報に掲載されるかどうかが、その立候補者の当落に決定的の影響があると主張する。参議院の全国選出議員の選挙では、その立候補者の氏名、経歴、政見等が選挙公報に掲載されるかどうかが、立候補者にとつてどの程度の影響があるかは、立候補者毎により相当の差異があり、一概に断定はできないものではあるが、相当の影響があり、ある候補者にとつて、それが当落に影響することがないとも断定できないことは、選挙公報が選挙前に全国の選挙人に配布されることからして、推測できないではない。そうであるから、立候補の届出の期限(公職選挙法第八六条)と選挙公報掲載文申請の期限(同法第一六八条)が同一期限であることはもとより望ましいことではあるが、後者の期限が選挙公報の原稿の整理、印刷及びその配布という技術の面から定められているのであるから、そのような立場から定められた期間によつて、立候補の届出期間を制限することは必ずしも適当であるとは認められないばかりではなく、選挙公報には掲載されないが敢て立候補しようとするものの立候補を制限することも適当でないとして、上記認定のように、選挙公報掲載文申請の期限と立候補届出の期限とを別々に定めてあると解するを相当とする。殊に、現在の公職選挙法では、公の機関が候補者を確認してこれを選挙人に告知する方法として、選挙の期日前七日から選挙の当日まで人の見易い場所に、又選挙の当日投票を記載する場所その他適当な箇所に、それぞれ各候補者の氏名及び党派別を掲示する(同法第一七三条ないし第一七五条及び第一七五条ノ二)ことによつてなされているのである。そうであるから、右のように両者の期間を別異にしていることは、原告主張のように、民主主義国家の憲法の規定に違反しているとか、公職選挙法第一条に定める民主政治の発達の立場からして誤つているとか、さらに、右規定に従つて、原告の立候補に関することを選挙公報に掲載しなかつた被告の処置を違法であるとは、とうてい認めることはできない。

そうであるから、原告の本訴請求はその余の点についての判断をまつまでもなく理由がないから、これを棄却し、主文のように判決する。

(裁判官 柳川昌勝 村松俊夫 中村匡三)

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